能面の歴史

能面の歴史
>

〜 面打師から観る「能面の歴史」 〜

「能面の歴史と魅力」について、能楽と併せた内容でご紹介しております。すでにご存知の方や知らなかった方も、ぜひお愉しみ下さいませ。

リンクされている文字を押すと、外部情報にて更に詳しい解説がご覧頂けます。

面は「美術品」?それとも「道具」?

能面とは、文字通り「の面(おもて)」ですので、伝統芸能「能楽」に於いて、シテ方という主役やツレ役の能役者によって用いられる重要な道具です。そして能面表現とは、心に内在する抽象的な人間模様とも言えるでしょう。

 

あえて社会的な一般の道具という比喩として挙げるならば、宅配業者であれば車両、クリーニング店なら業務用アイロン、調理店なら包丁とまな板、面打に刃物と絵の具etc・・・といった感じでしょうね。

 

能面は、物によっては今から700年近い昔の室町時代をはじめ、それ以前より未だ大きく変わらない魅惑的な造形をもつ「日本ならではの木彫仮面」とも言えます。

 

 

今では考え難い事ですが、昔は多くの大名が各地に点在していた時代で、能を嗜む各大名によって魅力ある面を打つ面打師(能面師とも呼ばれる専門の仮面を手作りする職人)達が庇護されていたとの事です。

 

 

数は少ないですが「狂言面」という面白い仮面も存在し、それらは狂言方による演目にて用いられております。

 

いずれにしても現代は、誰しもが身近に芸術性を感じたり、作ったりできる不思議な魅力のある仮面達でもあります。もしご興味を持ったなら、頑張り次第ではあなたも仮面作家に成れるかもしれません!

なぜ数多くの能面が存在するの?

五番立てから成る能の演目には、「神・男・女・狂・鬼」といったそれぞれの特徴的な曲目にそれぞれの仮面を必要とした為、数多くの表情と内面性豊かな能面が当時の面打師の手によって豊富に作られました。

 

まさに私達人間と同じような「若さと老い」「光と影」、そして「喜怒哀楽」「森羅万象」といった自然な「夢幻の心」が表現されているという事ですね。それらを木に打ち込み、可視化することで「面打師」とも呼ばれております。

 

 

鎌倉時代中頃から室町時代にかけて様式が完成された能面は、今でも200を超える種類が存在しますので、当時より数多い能の演目によって、各曲の内容に相応しい多くの能面達が生み出されていた新しい時代とも言えます。これにより「勧進能」では、演能を愉しんでいた人々で溢れていたのでしょう。

今でも昔作られた能面達を観られる!

大昔に打たれた能面を展示している美術館や資料館が各地にあり、私も面打修業中に様々な地方を度々探訪して、先人方が遺した作品達を拝見し、その魅力に惹かれました。関東近郊でも観る事ができますが、おすすめは近畿圏ですので、ぜひお好みの場所を見付けて旅行がてら行ってみて下さいね!

 

 

また時折、オークションなどで「古面・こめん」と呼ばれる昔の能面が売りに出され「数百万円!!」といった値が付けられて落札されるほどの絶品もありますので、今後もどこかで出品されれば古能面特有の魅力も感じられる事でしょう。

世襲面打師の隆盛と消滅そして復興へ!

戦国時代にも「般若坊」「孫次郎」「慈雲院」、他多くの面打師達が活躍しており、その後、安土桃山時代から江戸時代にかけて基本形が完成した能面の「うつし」と呼ばれる、そっくり同じ仮面が更に数多く生産されるようになりました。今で言う所の「仮面制作工場」といった感じでしょうね。

 

そして、徐々に能面を制作する職人集団が各地に現われ、世襲制となって代々門外不出でもある秘伝の技(蕎麦屋、ラーメン屋、焼き鳥屋の秘伝のタレと似ている?・・・かも)が色濃く受け継がれていた絶頂期でもあります。

 

ちなみに、「出目・でめ」という珍しい苗字の家柄があり、それは面打稼業が隆盛していた時代に世襲を成していた一つの家系です。

 

 

その後、江戸幕府最後である十五代将軍・徳川慶喜によって大政奉還が成されます。

 

 

明治時代に入ると海外の文化が取り入れられ、能楽を継承する各家系をはじめとした、他様々な日本文化が徐々に忘れ去られていきました。いわゆる、これが「文明開化」ですよね。

 

その為、御上の庇護を受け、世襲制で受け継がれてきた職人集団である面打師の各家系もすっかり途絶えてしまい、そのまま大正〜昭和という更に新たな時代へ移行されていきます。

 

 

そして再度、能楽・面打を盛り上げようと尽力された先人方が存在して立て直し、能楽界の役者で様々なスターが誕生しながら現在に至っております。

現代面打師の師弟っているの?

もしかしたら「能面を作る人って今でもいるの?」と思う方も多いでしょうね。「仙人みたいなおじいちゃんが作ってそう。」といったイメージもある事でしょう。ですが、いるんですよ!そんな方をご紹介する、その前に・・・。

 

2016年には「能面女子の花子さん」といった、能面を顔にかけたまま生活する少女が主人公である漫画が話題になりました。皆さんも、ぜひ能面を装着しながら日々生活してみましょう!息苦しくて視界が悪いので何もできませんね・・・辛&笑。

 

そして、1900年代半ば以降にも日本文化を伝える「数寄者」といった方が実際に存在致します。あなたの周りにも、そういった魅力ある方が居ませんか?

 

 

昭和を代表する数少ないプロフェッショナルな面打師の一人でもある、師匠・津紘一ですが、歳は親子ほど違えども私と同じ昭和生まれで、先に述べた「出目」といった面打家系の血筋でもなく、ごく一般的な出身の男性です。その師匠の個展に趣きまして偶然のご縁があり師弟関係と相成りましたが、2011年11月2日早い事に古希で他界されてしまいます。

 

 

真の面打とは、短期間で習得する事が難しい作業なのですが、とてもやりがいのある「魅力的な表現を愉しめる”作品制作”」です。「ローマと面打は一日にして成らず」とでも言いましょうか。

 

そして、師亡き後も様々なご縁と出逢い、孤軍奮闘しながらもプロと成り、現在も多くの方々へ「面打と能面の魅力」を愉しめる内容にてお伝えしております(ちなみに、各お教室はプロ育成講座ではなく、日本の芸術をそれぞれのペースにあったスタイルで堪能して頂く内容ですので安心して下さいね)。

 

 

おかげ様で面打人生15年が経過致しますが、皆様の人生と同じく小生の永い面打人生も始まったばかりの道半ばでもあります。どうぞ、これからも「面打師 叶」を宜しくお願い申し上げます!

 

さてと、話しを元に戻しましょう。

 

「久保田」や「八海山」などの酒を愛した面打の師匠でしたので、お仕事を終えてから東京駅にて面打について語ったり、能・狂言の観劇に行ったり、個展などの展覧会を終えてから大阪で語り合い、またイタリアで催した大きな仮面イベントをはじめ、他にも語り尽くせない様々な日々の中、師弟で「阿吽の呼吸」とも言える豊かで価値のあるひと時を過ごしたりもしました。

 

 

師匠の晩年には、私の生まれ育った職人の多い下町でもある浅草をご案内して、おすすめの専門店にて師が気に入った作務衣を購入し、帰りに焼き鳥屋で愉しいひと時を満喫したり、おすすめの「ぜんざい」をお土産にしたりといった束の間のひと時も思い出します。

 

 

今もあちらで面打を終え、マイルドセブンを美味しそうに燻らせながら一杯やっている事でしょう。

面打師と成るまでの道のり

今回、ご紹介している「能面の歴史」とは全くもって関係無く、完全に余談ながら、私の個人的な面打修業当時についての備忘録を兼ね(笑)、また初めてご覧頂く方へ向けた簡単な自己紹介も踏まえ、少々触れておきましょう。

 

宜しければ、我が「珍・道中」をご笑覧下さい!

 

 

師と出逢ってしばらくした後、「お前を弟子にしてやる!!」と言われ、最後にお住まいだった静岡県は伊東市宇佐美の工房(会社勤めするのは困難ですが、別荘や作家として活動するなら最適なロケーションです!)にて、泊まり込みでお仕事の手伝いをさせて頂いたり、工房のペンキ塗りをしたり、師匠が受け持つお教室にて初心者のサポートをしたりと、多様に学ばせて頂く実りある感謝の日々でした。

 

各職業にもある「見習い期間」「研修中」といった感じですね。ちなみに、面接はありませんでした(笑)。

 

 

そうして色々なアルバイトもしながら生活する(※以下、私の個人的な考え:社会の様々な仕事をしながら努力して目標に向かい日々暮らすって、もちろん大変な事はあるけれど面白いし、一度キリの人生道中に於いて魅力ある料簡を実感できる素晴らしいコト!)、私の充実した面打修業の日々があっという間に過ぎていきました。

 

それらは良き思い出とも成り、若さと夢が溢れたエネルギッシュな人生経験の貴重な1ページとして、今でもしっかりと心の奥に刻まれております。

 

 

それ以前の10代より、既に職人として厳しい世界での手仕事は経験済みでしたが、やはり何事でも同じで「技術の体得」とは、電光石火のようにはいかない奥深い事だと改めて実感していた時期でもあります。

 

また、どういったジャンルのお仕事に於いても、技術・考え方の進歩が日毎に自分でも分かる点が「作品制作の大きな魅力」とも言えるでしょうね。

「能」は武家の嗜みだった!?

それでは再度(笑)、本題に戻りましょう!

 

戦国大名が点在していた当時の能楽は「武家式楽」と呼ばれ、武士など一部の高貴な立場の人々のみによって親しまれていた「嗜み事」でした。

 

例えば、織田信長をはじめ、豊臣秀吉は「能狂い」と呼ばれるほど能を愛していたみたいで、お抱えの面打師に作らせた能面を沢山所蔵していた事は有名です。今でも、好きが高じて様々な魅力あるアイテムを蒐集する事と同じ感じでしょうね。

 

 

そもそも能楽についてですが、「猿楽」という芸能が基となっています(今で言えば、町内会のお祭りのような感じではないでしょうか)。いわゆる舞台演劇であり、仮面劇です。そして、「鎮魂」という意のある芸能でもあります。

 

歌舞伎落語文楽はご存知でも、能楽や能面といった存在にはあまり馴染みなく、知らなかった方もおられるのではないでしょうか。

 

前述の通り、もちろん私も面打修業に入る前は完全なるズブの素人でして、能楽・能面の事はほとんど知りませんでした。そうです!誰でも最初はまっさらな白紙からスタートしますので、これから「初めて面打を習う!」という皆様方も、様々な作品制作は人生に於ける格別なひと時と成るでしょう。

能楽は五つの流派がある

現在の能楽には「観世宝生金剛金春喜多」という五つのそれぞれ大きな流派が存在しており、演能で用いられる能面や装束などの種類もそれぞれ異なります。

 

 

ちなみに、現代の能楽を形成する母体の立役者として、「観阿弥世阿弥」という父子の功労により室町時代には基本形が確立されました。そして、2001年に能楽が世界無形遺産として、ユネスコより第一回目の認定を受けております。

 

 

大昔より伝わる面打の技は現代にも脈々と生きており、ゴールの無い「心を感じさせる作品制作」でもありますので、これからも進化し続けていく事でしょうね。

日本の芸術をエンジョイしよう!

最後までご覧頂き、ありがとうございました。少々脱線しながらも(笑)、私なりに「能面の歴史」について述べて参りましたが、いかがでしたでしょうか。

 

小難しい内容もありましたが、些少でも「能面の歴史」を知る事で、どなた様も更に愉しめる「面打やものづくり」「能楽・能面の鑑賞」が出来ればと、自身も初心に返る思いで記しております。

 

ご紹介してきたように、もちろん今は誰しもが愉しめる能楽と面打ですので、各地の能楽堂や舞台にて様々な能役者の魅力ある生の演技や、能面・狂言面・装束など各種逸品も身近な存在として堪能できます。

 

 

何かと「ストレス過多」と言われる現代社会でもあるので、心癒される昔ながらの日本文化の魅力を体感して、健やかな心を取り戻す事もできるでしょう。

 

ちなみに最近では、東京・銀座のGINZA SIXに新しくできた能楽堂が話題となりましたね。また、プロの能役者による「能楽の御稽古」も各地で体験できますので、魅力ある日本文化を知るだけではなく、学んでみる事もおすすめです!

 

 

今回、ご紹介させて頂いた内容は、拙文を介した能面の歴史のごく一部です。もし、更に詳しく知りたい方がいらっしゃれば、東京・千駄ヶ谷に所在する国立能楽堂の地下1階・図書閲覧室に於いて書籍で学んだり、過去に演じられた様々な役者による演能を映像で閲覧したりできるスペースもあります。もちろん、新たな能楽公演もございますので適宜愉しめるでしょう。

 

当然ながら強制ではございませんので、もし気になった方は遊びがてらお出掛けになってみて下さいね!